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新丸子の喫茶店で知り合って交際4カ月で結婚した夫婦の記録

貧乏になってわかった「貧乏暇なし」の深い意味

4月16日(日)に公開した記事「お金がない、苦しい暮らしで学んだ2つのこと」に、たくさんの人が関心を示していただきました。お金に困った僕の体験が、誰かの役に立てたら、僕は嬉しいです^ ^ お金の話題は、気になるけど、気軽に人に聞けないですものね。

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お金についての学びはほかにもありまして、ブログでもっと書いてみます!

「お金がない」と考える日々

この記事をお読みの方は、おそらく「貧乏暇なし」という言葉を聞いたことがあると思います。あらためて辞書を引いて意味を確かめてみると、こんな言葉が載っています。

貧乏人は生活費をかせぐのに追われて、時間の余裕がない。(大辞林iOSアプリ版より)

読んで、字のごとくですね!

支払い、どうしよう。

辞書を引いて出てきた意味の通りで、お金に困ると生活に「追われてしまう」状態に陥ります。貧乏は平たく言うと、支出が収入が上回っている状態のこと。月に必要なお金が30万円なのに、月の手取り額が20万円であれば、生活費が足りません。こうなると、支払う項目に優先順位が生まれ、払いが後回しになる項目が生まれます。

貧乏時代の僕は、家賃と食費を払ったら、電気代を払うお金がない有様でした。お金がなくなると、気持ちの余裕もなくなるもので、「お金がない」「お金がない」といつもお金のことばかり考えていました。

もはや、何が未払いになっているかも把握できなくなり、そのうち、「お支払いが確認できませんが…」と矢のような催促を受け始めました。

あるときは電気代の、別のときには携帯電話利用料の督促状が届くなど、支払いの「あちらを立てれば、こちらが立たない」状態がスタートしました。このようにして、「生活に追われる」状況になったのです。負のスパイラルです。

お金がなくなることで、人生が他人に振り回されているかのように感じた

生活に追われたことで、僕は時間のゆとりと気持ちの余裕がなくなりました。いつも焦っていて、落ち着かなかったのです。そんな状態が続くと、毎日がつまらないものに思えました。自分の人生を生きている感覚がなくなってしまうのです。

自分の人生を生きている感覚がなくなる。

僕は実際に貧乏な暮らしを経験してみて、これこそが「貧乏暇なし」のリアルであると痛感しました。

人生と聞くとスケールが大きいので、人生を因数分解して、毎日過ごす「時間」として話を進めます。

よく、「時間を使う」と言いますよね!でも、いったい、誰が誰の時間を使うのでしょうか。日本語は主語を省略しても成り立ちやすい言語なので、誰が何をどうするを考えることなく話せてしまいます。その辺をあまり意識しないかもしれません。

よく使われる「時間を使う」の主語は「私」です。つまり、「私は自分の時間を使う」と考えるのが普通ですね!限られた1日24時間のオーナーは自分であり、自分が自分の時間を自分の意思で使う、わけです。

支払いのために生きていた

ところが、貧乏をすると「私が私の時間を使う」感覚が鈍っていきます。なぜなら、生活費を稼ぐことに追われるので、支払いのためにとにかく動き回ったり、悩み続けたりするからです。自分がやりたいからではなく、生きるために仕方なく行動するしかありません。楽しい気分ではいられませんでした。

こうして、時間の感覚が「私が私の時間を使う」→「私は自分の時間を使われる」に変化していくことを僕は感じました。

督促状が頻繁に届いた時期の僕には、「今日は何をしようかな」「自分は本当はどんな仕事をしたいのかな」なんて考えるゆとりはありませんでした。朝目覚めてから、夜寝るまで、僕の頭にあったのは「支払いをどうするか」だけ。支払いのために生きているように思えました。

時間を使われてしまうことのヤバさ

「自分の時間を他人に使われている」感覚を抱くと、自分の人生を生きていないように感じ始めます。そうなると、なんだか人生がどうでもよくなり、流れに身を任せてしまって、将来のことを考えられなくなりました。

自分は何をしたいのか、自分はどんなことができるのか、理想と現実のギャップを埋めるために自分は何をすべきか、といった考えが持てず、人生の計画を立てられなくなったのです。

前のブログ「お金がない、苦しい暮らしで学んだ2つのこと」では、2つめの学びに「お金がなくなり、学びを止めたことを後悔した」を挙げました。これは、「貧乏暇なし」によってもたらされた「自分の人生を生きている感覚が乏しくなる」現象に起因すると僕は思っています。

お金に困ってから、僕は勉強に一切の時間とお金を使わなくなりました。いや、使えなくなってしまいました。 本は読まない、ニュースも見ない。人に会って生きた最新の情報も得ていない。いま社会では何が起こっていて、どうなっていくのか。何が流行っているのかわからない。言い換えると、相手がどんなことに悩み、僕はその人の課題解決にどう関われるのかを想像することすらできなかったのです。

お金がない、苦しい暮らしで学んだ2つのこと - 2児のパパライターの「子育て」と「写真」と「仕事」

貧乏な状態から、抜け出せなくなっていく

勉強をして自分の能力を高めたり、さまざまなことに挑戦して経験や自信を身につけたりしないと、より収入が高く、楽しいと思える仕事に就きづらくなります。つまり、お金がない暮らしから抜け出しづらくなってしまうのです。

お金は、誰かの困りごとを解決するお手伝いをした対価として得られるもの。そのためには、絶えず学び、他人の問題を解決できるだけの能力を身につけないといけません。自分に能力がなくても、優秀な人との繋がりを持っていることも武器になりますね!

いずれにしても、「学ぶ」や「誰かの役に立つ」といった行動を起こすには、自分の時間を使う感覚が必要です。他人に振り回されている感覚では、前向きにアクションを起こせません。

「貧乏暇なし」の深い意味

支払いに追われる生活の中、僕の頭に浮かんだのは、こんな言葉でした。

貧乏暇なしとは、「貧乏(をすると、自分は何をしたくて、そのために何をすべきかを考える)暇なし」の略ではないか。

これが僕が思う「貧乏暇なし」の深い意味です。

お金のことばかりが頭をよぎり、いつも生活に追われる中で、人生の計画を立てられなくなってしまう。自分が何をしたいか、何ができるかを考える時間すらとれない。こうやって、自分の時間を使う、自分の人生を生きる感覚が失われていく。貧乏暇なしには、単に生活に追われるだけでなく、人生の主導権を他人に譲り渡してしまうという深刻な影響があると実体験から感じました。

では、どうやってお金がない不安を払い、お金に困る状況から抜け出していくのか。そのために僕が実践したことを今後ブログで書いてみたいと思います!

 

お読みくださり、ありがとうございました。

薗部雄一

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