このブログでは、妻との日常と妻への愛情を綴っています。
僕らは川崎市にある「新丸子」という街にある喫茶店「SHIBACOFFEE」さんで出会い、様々な偶然が重なって付き合ってから4ヶ月で結婚しました。
現在妻は妊娠7ヶ月。僕はプレパパとなり、妻と子供への愛しさをあらためてかみしめています。
「妻との出会いを読んでみたい!」という方は、こちらをお読みください。
妻との出会い(1)~近所の喫茶店の常連客同士だった~ - いい夫婦net.~夫から妻へ送る愛と日常の一コマ~
2017年1月4日追記
1月3日、最愛の祖母が他界しました。88歳でした。食事がとれなくなってから半月。医療従事者の方から「心臓が強い」と褒められながら、母と叔父に看取られて天国へと旅立ちました。祖母が話を理解できる状況のとき、ひ孫が妻のお腹に宿っていることを伝え、喜んでもらえたことが嬉しかった。おばあちゃん、おつかれさま。天国でゆっくり休んでね。先に来ている両親や、兄弟姉妹たちと女子会をしているのかな。
祖父母との思い出
昨日は、妻と一緒に祖父母の家に結婚あいさつに行ってきました。祖父母の家は川崎市内にあり、僕らの住む場所からわりと近い距離にあるのですが、祖母は認知症で施設に入っているため、家と施設の2か所に挨拶に行ってきました。
祖父の家に行くと、先に来ていた母とおじが出迎えてくれました。喜び事の挨拶のときって、家の雰囲気が明かるいんです!祖母は施設に入っているので、普段は祖父とおじの二人暮らし。どうしても雰囲気はどんよりしてしまって、たまに遊びにいったとき、正直に言うとあんまり楽しい雰囲気じゃないなって感じていた時期がありました。
祖父は足腰が弱ってきているので、普段は椅子に座っていることが多いのですが、妻と僕の姿を見た瞬間、立ち上がって玄関近くまで出迎えに来てくれました。それを見て、僕は胸いっぱいになると同時に、祖父母との思い出が頭に浮かびました。
小さいころ、僕は週単位でよく祖父母の家に泊まりに行っていました。僕は一人っ子であることに加え、当時は父が仕事で家におらず、周りに人がいないことに寂しさを感じていました。いっつも一緒にいてくれて、僕にたっぷりの愛情を注いでくれる祖父母が大好きだったんです。
祖母は編み物が得意で、セーターやはんてんなどを作ってくれました。手編みのセーターって、とってもあったかいんですよ!しかし、成長していくうちに、祖母が編んだセーター着るのが恥ずかしくなって、着なくなってしまったことを今は謝りたい。
近所には豆腐屋さんがあって、そこの油揚げが絶品でした。祖母は、僕の大好きな油揚げをたっぷり入れた味噌汁を作ってくれました。おいしかった。また食べたい。
一緒にスーパーに買い物にいったり、近所をお散歩したり、祖母はたくさん僕のことを愛してくれた。
祖父は外出するのが好きで、同じく外出好きな僕とは気が合いました。家にあった電車の路線図に興味を示し、「今日はここに行ってみたい」という場所に一緒に出掛け、ラーメンを食べて帰るという意味のわからないことを毎日やってました。川崎から、大宮、千葉、熱海まで行って、そこでラーメンを食べて戻ってくるって、何それ?って感じです。おじいちゃん、当時60を超えていたのに毎日ラーメンに突き合わせてごめんね!
そんな記憶が、一気に頭に流れてきて、僕はとても感動していました。妻を大好きな祖父母に紹介できることが嬉しかった!
祖父の自己紹介
前置きが長くなりましたが、リビングに通されたあとはみんなで歓談しました。
あの場所に妻がいることが嬉しくて嬉しくて、この上ない幸せを感じていました♪
ここで祖父が自己紹介を始めました。
「初めまして。元日本陸軍~」
一同、大笑いでした(笑)真面目か!
祖父はもともとマイペースな人なのですが、まさか自己紹介で元日本陸軍と名乗るとは思わなかった。戦争のことは祖父からよく聞いていたのですが、それだけ戦争というものが人の記憶に強く残るものだということを、改めて感じています。
93歳だけど頭ははっきりしているし、食欲旺盛。アンチョビとアボカドもお菓子類も何でも食べるんです。長寿の秘訣はマイペースと旺盛な食欲なのかもしれませんね!
祖父は終始笑顔で、とっても楽しそうでした。もともと感情の起伏がない人で、いつも穏やか。人からバカにされても、それを気にしない神経の持ち主です。祖母は認知症で記憶があやふやになるのに、祖父のことは「穏やかで、あんないいだんなさんはいない」と言うほどです。
祖母への挨拶
続いて、施設に入っている祖母へ挨拶へ行きました。認知症施設は長くいることができないため、数か月ごとに転院を繰り返しています。今回はたまたま家の近くの施設で、家族としては安心しています。
祖母へは結婚する相手がいることを以前から伝えており、妻の写真を見せていました。
でも僕は不安だった。認知症になると比較的新しい記憶を忘れやすく、さっき食べたものを覚えていないし、反応が鈍るので、会話がスムーズにいかないことが多いのです。
母に案内され、祖母の病室へと向かうと、祖母はテレビを見ていました。もともとテレビが大好きで、朝8時からやってる連続テレビ小説は祖母にとって最高の娯楽でした。
祖母に妻を紹介すると、
「会えて嬉しい!」
そう言ったんです。
普段は反応があまりなくて会話にならないときがあったのに、笑顔を見せて妻を歓迎してくれました。妻を祖母に紹介できたことが嬉しかった!感無量でした。
「おばあちゃん、僕の奥さんだよ。結婚したんだよ」
僕がそう話しかけると、祖母は笑顔を見せて喜んでいました。しばらくの会話を楽しみ、僕らは病室を後にしました。
妻の高い評価
このブログを書いているときに母から連絡があったんですが、祖父母もおじも、妻のことをいいお嫁さんだね!と、高く評価してくれているんです。
妻と出会ったとき、僕は体がボロボロだったし、無職に近い状態だった。でも、当時の状況はどうあれ、妻を愛し、結婚したいと決めたことで、こうして結婚し、周りにも祝福されるという環境になっているんです。
大切なことは自分の意志、自分を信じること
僕はこれからも、僕を信頼してくれる妻を愛し、妻が信頼してくれる僕自身を信じて、毎日を送って行こうと感じています。
お読みくださり、ありがとうございました。
薗部雄一
charoma0701@gmail.com
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